1965年4月に竣工した名古屋市中心部のテナントビル「昭和ビル」。
延床面積19,431平方メートルのこのビルに、省エネ話が持ち上がったのは2013年頃のことだった。冷熱用に使っていたターボ冷凍機の更新などが当初の検討対象だったが、冷却塔だけでなく配管の更新などが必要とわかり、工事費のアップ、工期の長期化が必至になったという。
そんな時に出会ったのがZEB。Net Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の略称で、省エネと創エネによって年間一次エネルギー収支ゼロを目指した建物を指す。
第30回省エネ情報交換会in名古屋(一般社団法人全国エネルギー管理士連盟主催)にて登壇した昭和興業株式会社の藤本浩哉氏(執行役員管理部長)は、「ZEBという言葉さえ知らなかった」というが、補助金活用の可能性もあり検討を開始。3カ月ほどの工期のうち「工事なし」は元日だけという突貫工事で事業を完成させ、多大なメリットを享受した。「ZEBはもっと知られていい」と訴えた講演の模様をレポートする。
昭和興業株式会社の藤本氏(執行役員管理部長)
「ZEBなら補助金可能」
昭和ビルは竣工以降、耐震改修工事などリニューアルを繰り返してきた。しかし、冷暖房については旧式な方法を採用していたといい、2013年当初はターボ冷凍機と水冷チラーで冷房し、油焚セクショナルボイラーなどで暖房していた。
その頃、ターボ冷凍機更新の話が持ち上がった。先進事例を視察するなどしてきたが、冷却塔やボイラー、配管などの更新が予想され、工事費が想定より高くなり、工期の長期化も予想された。
また、活用可能な補助金に適当なものが見当たらなかった。そんな時に、設備業者から提案されたのがZEB化。ほとんどの熱源を廃止する必要があったが、補助金を受けられるかもしれない点に魅力を感じたという。
2014年3月、藤本氏は名古屋市内で行われた一般社団法人環境共創イニシアチブ(SII)によるZEB実証事業公募説明会に参加した。そこでわかったのが、「建物全体の過去3年間の一次エネルギー消費量の平均値を30%以上削減すること」といった要件だった。
SIIによる補助金交付の要件(出典:昭和興業資料より)
4項目のうち1項目以上の導入が必要な基本要素では、「内部発熱の削減」などが難しく、「建物(外皮)性能の向上」をサッシや窓ガラスの更新で検討。同様に4項目のうち1項目以上の導入が求められるシステム制御技術は、いくつかの項目が可能という印象を受けた。
公募期限が同年6月12日だったため、急いで人感センサー付き高効率EHPシステム(電気ヒートポンプ)やLED照明、BEMS(ビル・エネルギー管理システム)の導入などを決めた。その結果、省エネ効果は3年間平均の一次エネルギー消費量の36.4%と見込み申請した。
ぎりぎりの工期
同年7月下旬、一般社団法人環境共創イニシアチブ(SII)から補助金交付決定通知書が届いた。
社内は沸いたというが、同年8月上旬に東京で開かれた事務取扱説明会に参加すると、「単年度事業なので、遅くとも来年1月末までに工事と支払いを完了してくれ」との説明があった。名古屋に帰る新幹線の車中、「できるかな」という懸念でいっぱいになったという。
それでも、やるしかなかった。「3社以上からから見積もりを取り、9月12日までに契約締結」というスケジュールに沿うべく奮闘。1カ月間の準備を経て工事にかかったのは同年10月18日だった。
ZEB化の工事スケジュール(出典:昭和興業資料より)
工事開始当時のテナント入居率は約90%。空いている部屋で施工方法を検討するなどしながら準備を進め、平日昼間はお客さんの目につかないところで工事を進めた。平日19時以降は共用場所で工事。入居者が借りているスペースは金曜日の19時ごろから日曜日の19時まで48時間ぶっ続けで工事し、「工事なし」となったのは元日の1月1日だけだったという。
過密スケジュールのうえ室内機が3台ほど増えるといったハプニングもあったが、なんとか2015年1月26日に引き渡しを受け、同月29日に支払いを済ませた。同年2月には一般社団法人環境共創イニシアチブ(SII)による現地調査を受け、補助金交付が確定。補助対象経費の3分の1、約5,300万円強の補助金が入金された。
高い成果、賃料アップでも満室に
2015年度の実証結果は期待を上回るものだった。交付申請時には22,633GJだった年間一次エネルギー消費量が13,318GJまで低減し、41.1%も下回った。計画値の36.4%を大幅に上回り、原油換算で240キロリットルも削減できたという。
ZEB実証結果(出典:昭和興業資料より)
個別空調とLED照明で賃貸物件としての魅力も大幅にアップした結果、定期借家契約の新規賃料が10%以上も上昇。それにもかかわらず、近年は常に満室になっている。
セントラル方式から個別空調に切り替わったことで、テナント側が自由に温度調節できるようになったことに加え、取り換え不要なLED照明により、魅力が高まったという。LED照明は切り替えからすでに5年以上経過しているが、取り換えが必要になったものはいまだにない。
ZEBの波及効果(出典:昭和興業資料より)
省エネによるコスト削減効果も大きい。電力使用量は年間70万kWh、重油は年間5.7万キロリットル、水道使用量は年間3,351立方メートル削減できた。年間の削減額は電力が1450万円、重油が260万円、水道が200万円。合計で2,000万円近い削減効果になっている。
テナントにも金銭的メリット
入居面積を全貸室面積で割った交付申請時の入居率は91.1%。2015年度は90.5%に減ったが、2017年度からは100%を維持している。入居面積当たりの年間一次エネルギー消費量は同年度に微増。調べてみると、気象条件の厳しさが影響していることがわかった。平均気温と一次エネルギー消費量を比較してみると、2017年度の冬の寒さが影響し、一次エネルギー消費量の大幅な増加につながっていた。
ZEB実証事業のその後(出典:昭和興業資料より)
契約電力量は平成2015年度に953kWだったが、翌年度以降は698kW、650kW、670kW、658kW、602kWと大きく減少している。2019年7月からは602kWで電力デマンド自動制御を実施。「いまは暑いので警報が鳴りっぱなしになるが、自動制御によって電力使用量が抑えられてもお客さんからは苦情がない」という。
テナントにとっては、個別空調のメリットは金銭的メリットにもつながり得る。ZEB化以前はセントラル空調(冷暖房)だったため、その費用を共益費の中で負担していた。ZEB化によって冷暖房費用は各テナント負担となったが、共益費は月坪単価300円減額された。そのうえ、LED化によって電灯電力が減少するなどして、トータルで大幅な負担軽減につながっているケースもあるという。
「温暖化対策にZEB活用を」
地球温暖化防止の必要性がますます認識されるなかにあっても、業務用ビルの省エネはなかなか進んでいないとみられている。藤本氏は「ビル業界にいながら、ZEBの話をほとんど耳にしない」とし、「ビル業界が地球温暖化対策の足を引っ張っているのではないか」と懸念する。
セミナーの質疑応答のなかでは「省エネ診断の有効性」にも話が及んだ。省エネ診断を受けると「気づけていなかったことを指摘してもらえる」といい、2019年3月に受けた省エネ診断で10項目の提案をしてもらい、誘導灯のLED化とデマンド監視装置導入につなげたという。
2016年5月に閣議決定された政府の地球温暖化対策計画では、ビルなどが入る「業務その他部門」は「2030年度に2013年度比約40%の削減」が求められている。
ZEBは、省エネと創エネによって年間一次エネルギー収支ゼロを目指すこと。非常に難しいが、藤本氏は自らの経験を踏まえ、「40%の達成にはZEBがいいのではないか」と指摘。多くのビルで活用されることに期待を寄せた。
ZEBは、日本の温暖化対策について重要なピースとなり得る。そう感じさせる講演であった。
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