千葉商科大学(千葉県市川市)は、「自然エネルギー100%大学」として省エネ業界でも広く知られた大学だ。
同大学所有の太陽光発電所による発電量と、市川キャンパスのエネルギー使用量を同量にする「自然エネルギー100%大学」という目標を掲げたのが2014年。
2017年からは学長プロジェクトの一つとして推進し、補助金も活用した大規模な省エネ投資や、体制づくり、学生や教職員を巻き込んだ取り組みなどが実を結び、2019年1月には実現にこぎ着けている。
さらに半年後の8月には、新電力のみんな電力株式会社によるブロックチェーンシステムを活用することで、実際に市川キャンパスで購入する電力の100%を再生可能エネルギーにしている。
学生主導の省エネ団体が活発に活動するほど省エネが浸透しつつ、こうした最新のテクノロジーも駆使するなど、バランス良く取り組みを進めている点が千葉商科大学の特色だ。
これは施策を率いてきた原科幸彦学長による考え方の影響が大きそうだ。
原科氏は従来から次の3つが総合的に考慮された施策の重要性を強調している。
- ハードウェア(設備)
- ソフトウェア(見える化や最適化)
- ハートウェア(行動につながる省エネ意識)
「ハードウェア」「ソフトウェア」「ハートウェア」の関係性(千葉商科大学のサイトを元に作成)
特にこの3つの中で原科氏が重視するのがハートウェア。個々人の意識や意欲の高さが継続的な省エネにつながるという考えだ。
こうした学内を巻き込んだ再生可能エネルギー導入施策が評価され、2019年度には省エネ大賞(審査委員会特別賞)を受賞している。
これまでの取り組みの詳細やポイントについて、原科氏に話を聞いた。
千葉商科大学の原科幸彦学長
当初は薄い反応も、徐々に支持拡大
2012年に政策情報学部の教授として千葉商科大学に赴任してきた原科氏だが、当初は再生可能エネルギーの重要性を説いても学内での反応は薄かったという。
「まだ再生可能エネルギー導入を進めるにはハートウェアが欠けていたのかもしれません」(原科氏)。
しかし再エネ導入を進める手段として、原科氏は重要性を学内でただ繰り返し周知するといったことはしなかった。
代わりにまず学外で注目される取り組みを実施することで、徐々に学内での認知や関心を喚起するやり方を取った。ハートウェアの醸成には、自らの「気づき」が必要だと考えるためだ。
まず実施した施策が、丸の内サテライトキャンパスでの社会人向け公開講座の開催だ。学内学外を問わず参加できる。
「同僚の鮎川ゆりか教授(現 名誉教授)に声をかけ、協力して始めました。鮎川先生がいたおかげでここまでやれました」と原科氏は振り返る。
初年度である2013年のテーマは「持続可能な環境エネルギー政策を考える」。「今考えると錚々たるメンバー」(原科氏)を講師陣に揃えた。
「確かに講座に直接参加できる人の数は限られますが、こうしたキーパーソンが講師陣にいる講座の存在を学内でアナウンスすることで、じわじわと伝わっていったように思います」(原科氏)。
2年目からは政策情報学部の主催で開催したことで、学内とのつながりをさらに強めた。
「こういった取り組みがあると、教授会での議論の際もより理解されやすくなる。そういう工夫をしてきました」(原科氏)。
政策情報学部長として主催してきた公開講座を、学長就任の2017年からは学長プロジェクトとして継続している。
メガソーラー導入、事前に学内でハートウェア
さらに「ハードウェア」にあたる施策も進めている。
最たる取り組みが、2014年にキャンパス近郊の野田市に設置したメガソーラー発電所(2.45MW)だ。約7億円を投じ、東京ドーム1個分にあたる広さの敷地に約1万枚の太陽光パネルを敷きつめた。
メガソーラー野田発電所(出典:千葉商科大学サイトより)
ただメガソーラーのように大きな取り組みに踏み切る前には、学内のハートウェアづくりがあったと、原科氏は分析する。
「メガソーラーの10年ほど前に、政策情報学部の三橋規宏教授(当時)が支援して、学生主導によるISO14001の認証取得がありました。その後の活動の中で、CO2削減を目指し、まずキャンパス内建物の屋上に太陽光パネルを置くことから始めました。1990年比10%削減を目指し、計画どおり2010年に目標を達成しました。こういう実践が重要です。そういうことをやるとハートウェアづくりにつながります。つまりこれは大きな価値があるのだと経営陣に浸透していったのだと思います。環境配慮のカルチャーが浸透した結果、メガソーラー導入のような思い切った投資判断ができたのだと私は見ています」(原科氏)。
メガソーラーによる初年度、2014年の発電量は336万kWh。当初の予想を大きく上回る数値だった。外部の専門機関と共に調べたところ、市川キャンパスで消費された電力の77%にあたる水準だったことが分かった。
メガソーラーで発電した電気は東京電力へ全量売電していることから、残り23%をキャンパスでの省エネと再生可能エネルギーの創エネによって賄うことができれば、再エネ発電100%達成となる。なお、後述のように、2019年8月以降は、電力伝達でも100%を達成している。
「思ったより高かったので、これはいける。“自然エネルギー100%大学”を目指せると考えました」(原科氏)。
前職の東京工業大学に在籍していた2011年に、再エネ導入を学長らと議論した経験も後押しした。電力使用量が多い理系の東工大では結果的に断念したが、文系の千葉商科大学であれば見込があると考えたのだ。
「鮎川先生ですら最初は無理だと言いましたが、すぐに切り替えて協力してくれました。そこで、2015年には外部専門家として、サステナジー(当時)の山口勝洋氏の協力により経済産業省の補助金を得て、省エネ・創エネの可能性調査を行いました」(原科氏)。
また「ハートウェア」を盛り上げる上でも、「自然エネルギー100%大学」という分かりやすいキーワードがあることの意義は大きかったようだ。
「自然エネルギー100%大学」の横断幕がかかげられたキャンパス
「再エネ100%大学」実現に着手
2017年に学長に就任した原科氏は、同年11月、“自然エネルギー100%大学”を目指す二段階の環境目標を学外に宣言。
この場合の「100%」とは、第一段階の目標では、キャンパスで使用する電力量と太陽光発電所で創り出す電力量を同量にするという意味合いだ。
残りの23%のギャップを埋めるため、設備改善の検討に着手。高効率な設備導入をはじめ、いくつもの手段を検討した結果、最も費用対効果が高い取り組みはLED照明の導入だと分かった。
LED化の費用は、一部空調を除くエネルギー使用量を見える化したEMS(エネルギーマネジメントシステム)等の導入もあわせて、約3億7000万円。資金は、千葉商科大学のエネルギー事業を支援するCUCエネルギー株式会社が、経産省の補助金1億1000万を活用した。
同社は2016年に同大有志らが地域エネルギー事業者として設立。同大の「自然エネルギー100%大学」の達成に向けたエネルギー・サービス事業を展開するための事業を行っている。
同大は、同社経由で15年のリース契約を結んだことで、費用負担を大きく減らした。
「4年間の下ごしらえがあったから進めることができました。その間の様々な活動の結果、学内での基本的な合意ができていました。学長になっていきなりという感じであれば無理だったと思います」(原科氏)。
千葉商科大学による省エネ・環境施策の全体像
省エネへのかかわり方は様々、多様性を重視
また2013年に公開講座の実施から始まった原科氏主導の「ハートウェア」施策だが、学生による代表的な取り組みが、学生団体SONE(Student Organization for Natural Energy)だ。
2018年3月に立ち上がったSONEは、環境問題や省エネなどに関心を持つ学生20名ほどで構成された。現在は6名のメンバーが活動している。
もちろん省エネのプロではないが、その取り組みは本格的だ。
たとえばキャンパス内にある一部の自動販売機の省エネ改善を大学側に提案した件。38台ある自販機ごとの販売量や消費電力を調べあげた上で、不要な自販機の撤去などを大学へ提案したのだ。
これを受けて大学は、自動販売機の販売管理を契約する企業を集め、学生たちにプレゼンの機会を与えた。この時のことを、原科氏はこう振り返る。
「もし省エネだけの提案だったら通らなかったかもしれませんが、販売効率の改善にもつながるので非常に喜んでいただきました。学生たちが4~5台減らしてほしいと言ったら、最終的に7台減らそうと先方から逆提案されました」。
さらに19台を省エネタイプの自販機に切り替えている。
学生がここまで積極的に省エネにコミットする環境も珍しいが、大学としてこうしたハートウェアを促進するコツはあるのだろうか?
「みんなが自主的に議論できる場を作ることが重要です。大学はそれを側面支援するようなイメージで考えています」
意欲のある人間が自主的に考えるからこそ、優れたアイデアも出やすい。その際、教職員もサポートはするが、せっかく自主的にコミットしている学生たちを妨げるようなことはしない、という考えだ。
また当然ながら学生全員がSONEのようにコミットできるわけではないため、個々の学生の意欲に合わせたかかわり方ができる点もポイントだという。
たとえばすそ野が広い一般のゼミでは、教職員が主導で環境や省エネについて教える一方で、さらに、学部を超えて興味関心が高い学生が集まる学長ゼミでは、学生が主体的にテーマを設定できるといった具合だ。
「SONEも含めて色々なレベルでのかかわり方があり、多様性がある。それが良いのだと思います」(原科氏)。
ブロックチェーンで調達でも自然エネルギー100%
2019年8月からは、みんな電力による「ブロックチェーンP2P電力取引システム」などを活用することで、キャンパスで使用する電力の100%を再生可能エネルギーとすることに成功した。
主にはメガソーラー野田発電所で発電された電力を実質的に自家消費するわけだが、収支は黒字になっているという。
ガスも含めた「自然エネルギー100%大学」へ
すでに千葉商科大学による電力の消費量に対して、生産量は115%ほどに達した。
次は第二段階の目標となる。これは電気だけでなくガスも含む。2020年度にガスを含めた全てのエネルギーでの「自然エネルギー100%大学」だ。
これは市川キャンパス内にある10の建物の屋上への太陽光発電設備の増設や、キャンパス内にある外灯のLED化、変圧器の入れ替え、EMSの本格活用などで達成していく考えだ。
キャンパス内建物の屋上太陽光による発電はすべて自家消費している。従来の電力購入単価は1kWhあたり22円ほどだったが、自家消費では14~15円ほどに抑えることができた。
原科氏は、「非常に安い。だからみんなキャンパス内の隙間を探して太陽光パネルを敷きつめたいと言い出しました。世の中変わるものですね」と笑う。
さらに4月からは1コマあたりの授業時間を15分ほど伸ばす代わりに、授業の実施期間を15週間から13週間へ短縮する。
これは1年以上をかけて学内での合意形成を進めたという。
「授業時間拡大の目的は、教育の質の向上です。アクティブラーニングを積極的に取り入れるとともに、授業期間の短縮を生かして、学生や教職員教員には、授業だけでなく外でも活動してもらいたい。その副産物が、キャンパス内の施設の稼働期間の短縮による省エネということです。」(原科氏)。
実学教育を理念として、経営者をはじめとする数多くのビジネス人材を輩出する同大学としての考えが背景にある。
元々は社会工学などを専門として、東工大から千葉商科大学に赴任してきた原科氏。「工科」(テクノロジー)の成果を「商科」(コマース)の力で広げるという理念をベースに、再生可能エネルギーの普及と教育に取り組んでいく考えを示している。
これまでに蓄積したノウハウを元に、今後は他の大学による再エネ導入を支援していく考えだ。まずは、文系中心の大学から始めることが現実的だという。
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