京都の玄関口である京都駅に直結する「京都駅ビル」。ホテルや飲食店、劇場などを含むこの大型商業施設の建築が企画されたのはバブルまっただ中の時代だ。
エネルギーは使えるだけ使うという当時の空気の中で、建物としての省エネ性能に大きな注意が払われることはなかった。
しかし京都駅ビルが竣工した1997年には、温暖化防止に向けた取り組みを定めた京都議定書が採択。時代の風向きが大きく変わってしまった。
さらに2000年に建築基準法が改正されたことで、同法の構造基準に満たない当時の京都駅ビルは、増改築などをする際に必要な申請をそもそも提出できない事態に陥ってしまった。
建物の性能と社会から求められる要件とのギャップがどんどん広がっていったのだ。
「このままでは京都駅ビルが化石化してしまう。何とかしたいと思いました」。
京都駅ビル開発株式会社の高浦敬之氏(管理部部長)は、2018年度の省エネ大賞を受賞した施策に着手したモチベーションについてこう語った(ENEX2020のセミナーにて)。
京都駅ビル開発の高浦敬之氏
高浦氏が率いるプロジェクトチームが、京都駅ビルの老朽化対策・省エネ改修に着手したのは2010年。前年に京都市が環境モデル都市に認定されたことで、CO2排出量の削減目標が格段に高くなっていた(60年間で温室効果ガス60%減)。
しかし当時の京都駅ビルによるCO2排出量は年間で約4.8万トン。これは京都市全体の0.72%を駅ビル1棟だけで排出していたことになる。
空調や熱源システムなどの設備を単に入れ替えるだけでは、達成が困難だと予想されたため、より抜本的な手段を取ることにした。
それが「コミッショニング」と呼ばれる手法をベースにした省エネ改修だ。
既存ビルのコミッショニングでは、まず専門家に依頼して透明性高く徹底して現状のビルの運用性能を調査・分析する。京都駅ビルの場合は、プロジェクト開始時点で竣工から10年以上経っていたため、BEMSを通じて一定のデータが溜まっていたのが幸いした。
さらに正確な現状把握を元にして、改善に向けたビルオーナーとしての要件定義や改修工事の設計・施工、竣工後の運用プランなどを検討していくのだ。
具体的には次のようなフェーズで進めていったという。
「従来の建物は一度建てたらそれで終わり。スクラップ&ビルドが基本的な考え方でした。そうではなく今回は建てた後も性能を向上させつつ丁寧に使い続ける”100年建築”の思想がベースにあります」(高浦氏)。
つまり様々な外部要因によって進行していた京都駅ビルの「化石化」を食い止める試みだ。
今回のプロジェクトの特徴は、発注者である京都駅ビル開発と発注者が委託したコミッショニング管理者、ならびに設計者・施工者・運転管理者という異なる役割のプレーヤーの混合チームで成し遂げたということ。コミッショニング管理者が各プレーヤーを統括し、いかに効果的に効果的に連携させるかが成功のポイントになった。
今回のコミッショニング体制(京都駅ビル開発による発表資料を元に作成)
そこで重要になるのが、それぞれのプレーヤー同士の関係性だ。
「仮に発注者の下に設計者と施工者がいるという従来の上位下達構造では、今回の成果は絶対に出なかったでしょう」(高浦氏)。
縦の関係が残ったままでは、関係者の立場や力関係、損得勘定などによって物事が決まってしまうからだ。
そうではなく関係者がそれぞれの力を純粋に出し切ることで、より優れたアウトプットを目指せる環境を整えようとした。
そこで重要な役割を担ったのが、建築設備の専門家で構成されたコミッショニング管理チームだという。NPO法人建築設備コミッショニング協会に委託することで編成された第三者組織だ。
京都大学の吉田治典名誉教授を中心とするこの組織が、それぞれのフェーズにおける改修方法の検証やアドバイスなどを担い、かつ意欲的に新しい方策を提案する雰囲気を作って精度の高い省エネを成功に導いた。
「今回はコミッショニング管理チームが主宰する委員会が議論をリードしてくれました。ただ決して上から目線でものを言うのではなく、データを元に皆が納得しながら議論ができました。駅ビルの環境負荷を削減するためにはこうするべき、と言う合意形成ができたのが良かったです」(高浦氏)。
コミッショニング委員会のメンバー(平成22年当時)(出典:「京都駅ビル開発における取組について」)
「今回のプロジェクトは関係者が力を出し切ることができた。昨年の流行語でいうと”ワンチーム”の状態です」と高浦氏は続けた。
役割が異なるプロジェクト関係者たちがそれぞれの力を発揮できた要因として、「三方好し」の考えを重視した点が大きいという。
「“請け負け”という言葉がありますが、一般的な建設工事では誰かが泣いて誰かが笑う、ということが多い。そういった日本の良くないシステムを踏襲するのではなく、“三方好し”の精神を重視しました」(高浦氏)。
筋の通った削減目標を含めた発注者の要件(OPR)を明確にしたことで、設計者はより的確な省エネ設計の内容をまとめることができる。
さらに技術提案の内容を専門的な観点で精査・評価できるコミッショニング委員会の存在によって、施工者にとってより質の高い提案をするインセンティブになる。
施工者や設計者にとって質の高い仕事をできる環境があれば、発注者である京都駅ビルは、性能保証がなされた優れたアウトプットを享受できる、という流れだ。
ただその際に費用の増加が懸念されがちだが、高浦氏はこう述べている。
「良い仕事には時間と手間がかかります。今回は出してもらった見積もりを値切ることなく払いました。はっきり言って設計費用やコミッショニング費用は、工事費の水準と比べるとそこまで高くありません。そこをケチらず奮発してきちんとしたアウトプットを作ることが、最も賢いお金の使い方だと思います」。
「必要な費用は、メリットを享受するものが負担する」という考えでリスクを引き受ける姿勢を京都駅ビル開発が示したことも、関係者たちが安心して取り組める環境づくりに寄与したという。
こうしたコミッショニング手法を通じて、京都駅ビル開発らは従来の蒸気主体のシステムの代わりに、より高効率な多種の熱源機を導入。運用改善や熱源機の最適制御も新たに開発。さらにクラウド型のBEMSを採用したことで、遠方にいる技術者がデータを元にした検証と最適化を実施できるようになった。
しかも365日24時間営業する駅ビルの稼働を止めることなく、建設時とは全く違うシステムに入れ替えたのだ。
結果的にビル全体の1次エネルギーを約30%削減することに成功。改修対象である熱源に限っては、60%もの削減率を達成している。
エネルギーコスト削減による経済効果は、年間5億9000万円に上る。改修費用の全額は約73億円。このうち設備の老朽化への対応費用を除いた省エネ投資33億4000万円の投資回収年数は5.7年という。
さらにこうした削減数値については、竣工後に毎月のBEMSデータを追跡することなどによって、実際に性能達成されたことを確認しているという。
つまり「嘘のない省エネ」(高浦氏)を実施したというわけだ。
また一度改修して結果が出たら終わり、というわけではない。
「竣工してから3年間は毎月のエネルギー消費を追跡・チューニングしていきました」(高浦氏)。
今回のプロジェクトが完了した段階で、エネルギー消費効率(COP)は1.47に改善したが、これをその後の3年間で1.64と、12%引き上げている。
「我々は凄いことを成し遂げた。だから次の人がそれを引き継いでいくのだというのはすでに守りの姿勢になっていて、引き継がれず風化するのみです。新たなチャレンジを継続し、京都駅ビルの化石化を阻止し続ける姿勢が、今回の成果を風化から守ることに繋がると思います」(高浦氏)。
竣工後に実施した性能検証(京都駅ビル開発による発表資料を元に作成)
さらに10年後に別の担当者が再度改修を実施する際も、今回のコミッショニングの取り組みを当たり前に実施できる環境を整えていきたいと話している。
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