「印刷会社の社長たちと会話をしていると、“環境なんか頑張っても売上に貢献しないじゃないか”という話が必ず出るんです」。
こう振り返るのは有限会社アドバンクの渡邉功社長。
アドバンクは、食品スーパー向けのチラシ印刷を専門に手がける京都市の印刷会社だ。
確かに多くの企業にとって、環境経営と売上の両立は難しい。市場縮小に苦しむ印刷業界であればなおさらだろう。
しかしアドバンクは社員数20数人という小規模ながら、「環境配慮企業」をキーワードとして積極的に施策を打ち出している。
同社が試行錯誤の末に独自開発した印刷方式では、印刷の際に消費する電力量を大幅に削減。ガスの消費量に至ってはゼロに抑えられる。
従来機と違い油性インキを使わないため、有害なVOC(揮発性有機化合物)も出さない。
こうした取り組みが評価され、省エネルギーセンターが選考する省エネ大賞(中小企業長官賞)を2019年度に受賞した。印刷業界としては初めての例だ。
さらに同社の環境施策は売上にも貢献している。
アドバンクの顧客は1~2店舗ほどの小規模スーパーが中心だが、環境への取り組みなどが評価された今では、大型スーパーからの受注も広げ始めているのだ。
アドバンクの社屋
渡邉氏が新たな印刷方式の検討を始めたのは2015年ごろ。アドバンクの主要顧客である小規模スーパーが、大型スーパーによって相次いで統合されたことがきっかけだった。
「時代の流れで小規模スーパーのM&Aが進んでいる。この傾向は今後主流になるため、大きなスーパーを顧客にできるだけの力が必要だと考えました」(渡邉氏)。
しかし印刷物の価格競争では大手にかなわない。チラシそのものでの差別化も難しい。渡邉氏が目をつけたのは「環境配慮型工場」としての取り組みだ。
「仮に値段も品質も同じであれば、環境への負担が小さい方法で印刷されたチラシのほうが良い。そう考える企業に入り込みたかった」(渡邉氏)。
そこで取り組みだしたのが、環境負荷が小さい印刷方式の開発だ。
従来の油性印刷では、印刷されたチラシ上のインキを熱風で乾燥させる工程が必要になる。
大型ドライヤーによって100~120度の熱風を吹きかけるため、ガスを多く消費してしまう。同時にVOCも発生するため、社員の健康や住宅が建ち並ぶ周辺環境への影響を無視できない。
一方でUV印刷であれば、紫外線を照射することでインキを瞬間的に硬化・乾燥できるため、ガスを使わずVOCも発生しない。ただしインキを硬化させるUVランプとして、水銀灯を用いるため、電力を多く消費してしまう。
そこで渡邉氏は、水銀灯ではなくLEDを使う「LED-UV印刷」に目をつけた。LEDランプであれば、より省電力でインキを硬化できるからだ。
ただ実用化までには、印刷業界の熟練者たちをうならせるほどのハードルが数多く存在したという。
より省電力で瞬間的にインキを乾燥できるLED-UV印刷だが、まず生産性との両立が難しい。
アドバンクが従来から使っていたオフセット輪転機であれば、毎分600枚のスピードで印刷できる。しかしLED-UV方式で同じ生産性を維持できる印刷装置が、国内を探し回っても見当たらなかったという。
いくら環境への負担が小さくなるとはいえ、業績に直結する生産性を落とすわけにはいかない。
渡邉氏は候補を海外企業にまで広げた結果、Air Motion Systems(AMS)というアメリカ企業によるLED-UV乾燥装置を探し当てた。
日本においてAMSの総代理店を務めるAJC株式会社(東京都)と話し合った結果、同装置を使うことで、理論的には毎分600回転を維持できそうという見込みが立った。
しかも既存のオフセット輪転機に後付けで設置できるため、導入ハードルも低くなる。
経済産業省のものづくり補助金を活用しつつ、5,000万円を投じて同装置を手に入れた。
しかし実運用に必要なLED-UVインキの開発はまだこれからの段階。万が一開発に成功しなければ、投資がムダになってしまうリスクを背負っての決断だった。
オフセット輪転機用のLED-UVインキはまだ国内で普及しきっていないこともあり、原価がどうしても高くなってしまう。
いくら環境負荷を減らしたからといって値上げできるわけではないため、インキコストの削減は必須だ。そのためには、出来る限り少ない顔料で硬化させたいところだが、開発は簡単ではない。
当初は開発パートナーとして、いくつかの大手メーカーに接触したものの話がまとまらなかったが、最終的にインキの製造・販売などを手がけるサカタインクス株式会社(大阪市)の協力を得ることができた。
さらにインキの改良を務めるパートナーとして、東京インキ株式会社(東京都)も参画した。
2社ともアドバンクとの取引はこれが初めて。前例もなくハードルが非常に高いプロジェクトにどうやって巻き込んだのか?
「まず熱意を買っていただいたことが大きいと思います。もう装置も買ってしまっているわけですから」(渡邉氏)。
それだけではない。
「インキメーカーにとって、開発中のLED-UVインキをテストできる印刷機を探すのは簡単ではありません。そうであればアドバンクの実際の印刷物で試してくれないかと申し出ました。インキメーカーにとって実運用の中で開発テストできることはかなり魅力的。研究開発費も抑えられます」(渡邉氏)。
つまりインキ開発のために、自社が実験台になるという提案だ。もちろん納品先となるスーパーの了承も得ることができた。
さらにインキ洗浄剤をはじめとする印刷資材の見直しにも着手。より環境負荷の低い資材に入れ替える業務をウエノ株式会社(大阪市)に依頼した。
こうしてアドバンクを含む5社体制での開発が始まった。
オフ輪機LED-UV印刷の開発にあたって課題となったのは、いかに毎分600回転を維持しつつ、チラシの質も保つかという点だ。
今回は印刷コストをより削減するために、チラシとしては前例がないほど薄い紙にこだわったため、生産性と質の両立がより難しくなっているのだ。
通常のチラシの厚さは、薄い場合でもB2換算で42.5kgほど。しかしインキの原価が上がってしまった中で、採算を合わせるためには少なくとも37kgまで薄くする必要があったという。
37kgという薄い紙を毎分600回転で輪転機にかけても、波打ったりせず従来機並みの品質が出せる。これが今回のLED-UV印刷方式の要件だ。
そうした中でパートナー企業との試行錯誤を約1年間重ねた結果、2017年1月に印刷テストに着手。10月には実運用にこぎ着けることができたという。
このLED-UV印刷によって、大幅な省エネを実現。使用電力を約6割減らし、ガスの使用量をゼロに抑えたことで、原油換算で年間80%もの省エネを実現した。
さらに印刷紙をB2換算で40kgから37kgの薄くしたことで、紙のコストを12%削減。費用にして年間286万円の節約となった。
こうした効果を考慮した投資回収年数は12年2ヵ月だという。
ただ渡邉氏は、この投資回収年数を今後さらに短縮できるとみている。
現在のアドバンクでは、LED-UVによる印刷の割合は全体の約30%。この数値を近い将来50%に引き上げることで、投資回収年数をさらに短くできる見込みだ。
また専用インキの原価も下げていく。
LED-UV印刷は実用例がまだ少ないこともあり、インキの原価がどうしても上がってしまう。今回は印刷紙を薄くすることでコストをより削減したものの、インキ費用の高騰分を完全には抑えきれていないという。
そこで渡邉氏は、オフ輪LED-UV印刷のすそ野を印刷業界の中で広げることで、インキの原価を削減できるとみている。
実は今後インキが普及した暁には、価格を下げてもらう契約をインキメーカーと取り交わしているのだ。
「インキの使用量が何トン以上になったら、弊社への販売額を下げていただくといった内容です」(渡邉氏)。
LED-UV印刷の実運用に必要な装置や知見は、すでにアドバンクとパートナー企業が持っている。あとはこの取り組みの認知を広めることが重要というわけだ。
「本当に実運用できるのか半信半疑に思っている企業もまだ多い。今回の省エネ大賞受賞がすそ野拡大の後押しになれば良いと思っています」(渡邉氏)。
仮に新方式が印刷業界で広まれば、当然ながら業界全体としての省エネ効果も大きい。
アドバンクらが今回開発したLED-UVランプを輪転機に取り付けた場合、1台あたりの省エネ効果は原油換算で32kLほどだという。
オフセット輪転機が全国で約1,000台ある中で、仮に向こう10年間で500台に対してLED-UVランプを設置できたとすると、原油換算で年間1,600kLの削減効果がある計算だ。
実はこの点が今回の省エネ大賞の選考で、最も評価された点だという。
「大企業と比べると、弊社による省エネ削減量は、絶対値としては多くないかもしれません。ただ今後の印刷業界への波及効果を考慮すると意義がある取り組みだと判断していただいたようです」(渡邉氏)。
省エネ大賞の授賞式。渡邉氏(左)とAJCの関 衞社長
省エネ大賞の授賞式
2018年には、環境に配慮された印刷物に与えられる「クリオネマーク」の最高ランクである「ゴールドプラス」を取得するなど、アドバンクは、「環境配慮型工場」としての実績を着実に積み上げている。
これまでの環境施策が評価されたことで、当初の狙いだった大型スーパーからの受注も増やし始めている。誰もが知る大手スーパーからの業務も間接的に受けているという。
外部からの評価が高まるにつれ、社員の意識も変わってきたようだ。
「”できるはずだ”と私が声をあげるだけでは、まだ半信半疑。様々なメディアに取り上げていただく機会が増えたことで、社員も”ひょっとしたらすごい仕事をしているのではないか”という認識になってきたように思います。すごいのは現場で運用している君たちだという話をよくしています」(渡邉氏)。
自社の新規クライアント開拓や省エネ、社員のモチベーション向上、印刷業界全体のエネルギー削減など、今回のLED-UV印刷方式の開発による影響は非常に幅広いようだ。
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