しかし諸々のリソースが限られる中小企業にとっては、本業と並行させて実施するにはハードルが高いと受け取られる場合も多いだろう。
そうした中で、「中小企業によるSDGsのロールモデル」として広く知られる株式会社大川印刷(横浜市戸塚区)の取り組みは、参考になる部分が多々ありそうだ。
1881年に創業した老舗印刷会社の大川印刷。2005年には、本業を通じて社会課題解決を行う「ソーシャルプリンティングカンパニー®」というパーパス(存在意義)を掲げた。
さらに2017年から本格的に「SDGs経営」に舵を切り、FSC®森林認証紙の使用率62%達成(2018年)、自社工場の再生可能エネルギー率100%達成(2019年)など、環境・社会課題の解決につながる施策を次々と打ち出している。
本社社屋には、自家消費の太陽光パネルが敷き詰められている(出典:大川印刷HP)
こうした環境施策が評価され、株式会社崎陽軒やパタゴニア・インターナショナル・インク日本支社といった、横浜と縁のある大手企業からの受注にもつなげている。
推進するのは、6代目社長を務める大川哲郎氏だ。
「SDGsの盛り上がりは、中小企業にとって人ごとではありません。すでに大企業から中小企業のサプライヤーへ環境要望が届くケースも相次いでいます。環境や社会課題を解決する姿勢を取ることで、大きなチャンスになり得ます」(大川氏)。
大川印刷の大川哲郎社長
「中小企業のSDGs経営入門―どう向き合う?」(埼玉県立図書館主催)と題した講演にて、大川氏が語った内容をレポートする。
「SDGsをきっかけに、自社の事業を再定義してはいかがでしょうか。原点に立ち返り、自社は何のために事業を始め、どのような存在意義があるのか?そして将来においてどのような課題に貢献できる会社になり得るのか?を考える。事業の再定義をしてみるのです。」と大川氏は話す。
大川印刷は自社の印刷業でどのように取り組んだのか?
「バブルが崩壊した時に、何十年も付き合いがある企業を含め、多くの顧客が合い見積もりを取り出しました。“印刷物なんて安ければ良い“と思われてしまった結果で、情けなく悲しい思いをしました」と大川氏は振り返る。
ただ印刷業で培ってきた強みは、印刷ノウハウだけではない。社会の課題解決という、より広い視点を持って考えることで、新たな強みも見つかるという。
「印刷会社はすべての業種業態に入り込んでいるため、ネットワークが非常に豊富です。そのネットワークを活用して社会の課題を解決していく仕事がこれからの印刷会社。つまり課題を解決する“コトづくり”から入ると、その後に“モノづくり”につながることが分かったのです。」(大川氏)。
その一例が、「多言語版おくすり手帳普及プロジェクト」だ。
薬の服用履歴などが記録されるお薬手帳だが、従来は日本語で書かれているものしかなかったため、日本語が読めない外国の人々にとっては不自由を強いられる状態だった。
「日本語が読めない人にはそもそも渡さない、という医療サービスもあるほどでした」(大川氏)。
そこで大川印刷は、県内の市民団体「共生のまちづくりネットワークよこはま」と外国人向け不動産サービスを手掛けるジャパンハウジング(株)と共に、多言語版おくすり手帳「わたしのおくすり手帳」を普及させるプロジェクトを立ち上げた。
「そうした社会の課題を解決する“コトづくり”を立ち上げると、印刷という“モノづくり”にもつながります。製造業でも、まずは“コトづくり”から始めることで新たな需要を獲得できる可能性が拡がるのではないかと思います」(大川氏)。
顧客の要請に従って製品を納めるだけでなく、自社の技術を使って積極的に課題解決に乗り出す姿勢を強調した。
「中小企業経営者として一番大事だと思っているのは、こうした取り組みがクライアントに喜んでもらえることはもちろん、従業員の成長に大きく貢献するということです」(大川氏)。
多言語版おくすり手帳の一例(出典:公式Facebookページより)
企業としてこうした社会課題の解決に乗り出すには、当然ながら社員の積極的な参加が必須だ。ただ簡単にはいかない。
「“SDGsが重要といっても、やっぱり世界の話でしょ”と言われてしまう。弊社も最初はそうでした」(大川氏)。
取り組みを推進するためには、順を追って障害を除いていく必要がある、というのが大川氏の考えだ。
「成果の達成を阻む要因の一つは、行動の限界。その行動の限界の手前には思考の限界(何をどうするべきか分からない)があります。さらに思考の限界の手前には情報の限界。最後に興味関心の限界があります」(大川氏)。
一般的に企業のSDGs推進を阻む最初の障壁が、興味関心の限界だという。環境問題などをいくら訴えても、自分事になりづらいのだ。
「自分さえ良ければよいをなくす。それを伝えるには非常に時間がかかります。日々の活動の中で丁寧に地道に進めていきます」(大川氏)。
こうした興味関心の壁を取り払う意味でも、まず自社の事業が、SDGsの17項目とどう関係しているか紐づける作業が重要だという。
これはSDGsの企業行動指針を示した「SDGコンパス」にも記されているプロセスの一つだ。
SDGsの17目標
大川印刷は、これを社内ワークショップの中で実施した。
「これまで製造業としてやってきたこと、たとえば印刷材料の持続可能性や安全性を考慮することなどが17分野のどこに関係するかを考えました。するとSDGsの12番目である“つくる責任 つかう責任”と関係しているのではという話になりました」(大川氏)。
また17の目標と照らし合わせると、自社がまだカバーできていない分野も浮き彫りになるという。
「自社の電気使用量の内訳をみると、9割以上が印刷機。ということは7番目の“エネルギーをみんなに そしてクリーンに”にも関係していることが分かりました」と大川氏は話す。
しかし自社の事業と世界的な課題の間に明確な関連性を見つけることが、難しいと感じる人も多そうだ。
「個々人の仕事を世界の課題に結びつける作業は難しい部分もありますが、拡大解釈でも大丈夫です。たとえば会社でもっと学びたいのに学ばせてもらってないという意見が出てきたら、それを4番目の“質の高い教育を みんなに”の分野として考える、という具合です」(大川氏)。
この作業の出発点となるのは、個々人の具体的な経験や課題感だ。
「これが抜けると絵に描いたモチになる。自分の経験と関係する物事であれば気持ちの入り方が違います。やらされ感も排除できます。さらにどうすればそれらを解決できるかという想像力も大事です」(大川氏)。
社員のリアルな経験を出発点として、拡大解釈も交えながらSDGs目標と紐づけていくという流れだ。
SDGsと紐づけながら中核的な課題を出した後は、目標の設定だ。
働き甲斐やジェンダー平等など短期的な目標が社員から出る一方で、2030年を見据えた中長期的な目標は社長自身が掲げた。
さらに実際に取り組んだ末の実績や改善点などを報告するSDGs報告会を従業員主体で実施したという。
「本当にこんなことできるのかと、みんな最初は心配していましたが、みんなでやってみて来場者とのつながりや共感、そして達成感などすばらしいものを得ることができました」(大川氏)。
大川印刷では、こうしたSDGsのプロジェクトを課外活動ではなく、あくまで本業として位置付けている。
そのため軽い気持ちでプロジェクトに参加することは厳禁だ。
大川氏はこんな失敗談を披露した。
大川印刷では、SDGsの一環として様々な社内プロジェクトを走らせている。「再生可能エネルギー100%印刷」や「ゼロ・エミッション2020」「会社案内+α」といった具合だ。
それぞれのプロジェクトでは、役職や年齢、部門などを問わず参加できるという仕組みだった。
「なんとなくこのチームでいいかな?という人でもプロジェクトチームに受け入れていました。ただある時、ベテラン社員が入社3年目のプロジェクトリーダーに対して、“こんなこと無理だよ”というネガティブな言葉を放ったことで全部ダメになってしまったことがあります」(大川氏)。
そうした時間のムダを作らないためにも、やるからには結果を出すというコミットメント制に変えたという。あくまで課外活動ではなく、本業の一つという位置づけだ。
またプロジェクトチームは、1年で解体してしまうという。「そうするとフレッシュさを保つことができます。また別のプロジェクトチームを立ち上げるのです」(大川氏)。
組織が大きい大企業と異なり、検討した内容を実行に移しやすい点が中小企業の強みだという。
濃密なセミナー内容だったため、全てをレポートしきることができないが、中小企業がボトムアップでSDGsに取り組むための、有用なノウハウが示された講演だった。
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